雑記

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『物質と記憶』アンリ・ベルクソン 〜その⑦〜

純粋記憶は潜在的なものであり、自己を引き寄せる感覚によってでなければ現勢化されない。つまり純粋記憶は、観念のままであるかぎり無力である。ゆえに、感覚から与する印象をたよりに、そこへと自己を物質化していくことによって、力動的となるのだ。物質化...
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国旗等損壊罪について

国旗損壊罪が、罰則の対象としようとしているのは、個人所有の国旗の損壊のようである。学校や公共施設、他者の所有する国旗を損壊させた場合、すでに存在する器物損壊罪で検挙されるため、新たに法律を作る必要がない。このことをふまえると、個人所有の国旗...
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内田樹の「後手に回る」と「居着く」について

内田が自身のブログ『内田樹の研究室』で「後でに回る」と「居着く」について書き始めたのは2025年の3月頃からである。そして、現在も時々これらの言葉はブログ内で見られる。学生に向けた講演の場でよく使う言葉であり、その講演原稿の引用をブログでし...
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Youtubeチャンネル「コーポ杉下」を視聴して、カスハラについて考える

カスハラと呼ばれる新たに作り出された暴力が、客と店員の立場の強弱によって生じるというのは安易な考えである。さらには、客に対して店員が抵抗できないというのもその原因ではない。どちらも、カスハラの条件ではなく、権力の場が産み出す効果=結果なので...
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怒られたこと

「しんしょう しんしょう」私は小学校で流行っていた「しんしょう(=身体障害者)」という言葉を家に持ち帰って、喧嘩して腹が立った妹にぶつけた。田舎にある、小さく、落ち着いた小学校に、私は通っていた。一つ上の学年に、脚の筋力がなく車いすで生活し...
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うわさ話への無関心とルールへの無関心

「騙されぬ人々は彷徨う(誤る)」というラカンの言説は、騙される者と騙されない者といった単純な二項対立を退ける。そして両者は、現実の振る舞いとしては、騙されているかどうかに関係なく同じ行為をして、多数者となって社会に影響を与える可能性がある。...
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空き家

夜間、住宅街空き家となってもう長いだろう猫の住み着く平屋の群れに、警官が出動し、草木の生い茂る空き家の回りを、胸に下げたベストを上下に揺らしながらトランシーバーを口にあてて駆けていた。近隣の住民は部屋着のまま家を抜け出し、街灯の下で見物して...
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自治と誇りに伴う暴力、非暴力に伴う世間とお客様

私の住む東大阪に隣接する平野が、かつて自治都市であったことを最近テレビニュースで知った。堺が自治都市であったことは有名だが、自分の住んでいる近くの町がかつて自治都市であったことは知らなかったので、とても驚いた。自治都市とは、時の権力のに対峙...
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幼い子供に「ありがとう」と言わせること

幼い子供が誰かからものをもらった時、その親は「ありがとうって言いなさい。」と子供に言う。それは、自分のものではないものが、自分のものになったことを教える社会的行為なのだ。もちろん親に悪気はないだろう。しかし、この場合の感謝を教えることは、自...
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私の社会的な敵とは、私の中の多数者である。

フーコーは異常者つまり社会の敵を、怪物、矯正しえぬ者、自慰する者と区分けした。怪物とは、法を犯し、かつ法の存在を危ぶませる者のことである。これは、「死の欲動」が、普通の死とされているもの、つまり現代においては老人ホーム、病院、葬儀社といった...